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マリオ モイタは、7歳という若さでファドを歌い始めた。 彼は上品で、独特なこの音楽にとても魅了された。だがそれだけではなくReguengos
de Monsarazレゲンゴス デ モンサラス(Dr Alberto Janesアルベルト・ジョーンズ氏がアマリア・ロドリゲスのためにたくさんのファドを作曲した土地)に住んでいたことも関係があったのかもしれない。 なぜなら、そこにはFortunato
Murteiraフォルタント・ムルテイラが住んでいたからである。彼は有名なファドのピアニストであった。そして彼はマリオに、古いファド、つまり伝統的なファドの価値を説いたのである。亡くなる前の10年間に、彼から数えきれないほどたくさんのものを与えられた。 それらを知ったマリオは、1870年頃リスボンの高級サロンで誕生したばかりのファド(*)をもう一度甦らせようとしたのである。彼はアレンテージョをルーツとしたアレンジと“Bello
Canto”という特殊なテクニックを使って試みた。 その結果、ファドの持っているロマンティックさと心地よいマリオの声、そしてピアノで、ここに叙情的な曲たちが出来上がったのである。 (*)参考:ファドとポルトガルギター記念館より MANAGER
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